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私は大丈夫、そう思っていたのに。聞こえなくなった言葉と音。

さくら

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昨日の続きですが
私は子供との時間は大事にしてきたけれど
「この子たちとはいつかは離れるもの」
そう思いながら、心のどこかではけじめをつけて過ごしてきたので

自分は、子供が巣立っても大丈夫・・そう思っていたのですが
実際にその時がやってきて感じたのは

子供の存在、姿が見えなくなって寂しいというのではなく
いつも自然に聞こえていた言葉や
我が家の日常的に聴こえていた音が無くなってしまったこと
それと共に私の心も空っぽになってしまったんです。

上の子が巣立つ時には、まだ下の子は家に居ましたが
夫と下の子は無口というか、あまり喋らないタイプで 
例えば、嬉しい、楽しい、美味しいという表現を
照れもあってなのか家族の前で出すことがなかったんですね。

でも、上の子は感情表現が豊かで
感じたそのままに「美味しいね!」「これはいいね!」と
伝えてくれる子だったんです。

花 雨の日のポーチ

GWに上の子が帰ってきた時にも少し触れましたが
「たった一つのこの言葉が私の心を潤わしてくれていたんですね」
昔はこんな感じでした。

たぶん私は、知らず知らずのうちに
上の子のそんな言葉に支えられて
仕事、家事、その後の更年期の不調の時も
頑張れていたのだと思います。

「空の巣症候群」私は大丈夫・・そう思っていたのに・・

当たり前のように聞いていた
「美味しいよ。」「ありがとう。」の言葉・・
そして、日々の生活から
上の子のピアノの音が聴こえなくなってしまった現実。

私にとっては
目の前に見えていたものと同じくらい
もしかしたらそれ以上
言葉や音、というものが聞こえなくなるのが
こんなにも心の中に大きな空洞を作ってしまうものなのかと
感じてしまったのです。

でも、これも時が経ってきて
少しずつわかってきたこともあるのですが
これもそれまでの夫婦のことも関係していたように思ったのです。
(仲が悪かったというのではなく・・
・・続きは次で・・)

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Posted byさくら