昔と今のピアノとの向き合い方・・私の気持ち
最近は忙しくて、なかなかピアノの練習の時間がとれない日々・・。
でも、今は仕方がないと思ってはいるけど
あまりにも日にちが経ってしまうと、ただでさえ下手なのに
これ以上間隔があいてしまうともっとヘタになりそうで
おまけに、やっと指が治って、さあこれから徐々に弾いていこうと思ったら
第一関節がかたまって動きが悪くて、いろんなことが重なってピアノが弾けないことが
先週末まで軽いストレスになっていました。
なので、週明けから、また15分でも20分でもいいからピアノに触れなくてはと思って
ピアノのふたを開けて、さあという時にピンポーンで宅配便が。
そして、サインをして5分足らずで戻ってくると
ちょっと、ちょっと、かなり大胆になってきたじゃないですか。

どうして足だけ出すんですか?

それじゃ足だけ引っ込めるニャ。

これでいいニャ?

い・・いや、でもそんなに顔が近づくと気になるじゃないですか。
もうちょっと下がってくれますかね。
それじゃちょっとだけニャ。
でも集中していればボクの顔なんか気にならないはずだニャ。

それはそうだけど、いくら猫でもその視線は気になりますわ・・。
前置きが長くなりました。
指の怪我で約1ヶ月間左の人差し指を固定して曲げられなかったので
第一関節が固まってしまって動きが悪いだけでなく
曲げると違和感と軽い痛みがあったので、しばらくの間は時間のある時に
スローテンポで指の動きが緩やかな曲(ポップス系)を弾いていました。
十数年弾いていなかった曲も少しは指が覚えていたのか
それとも昔と比べて楽譜を読めるようになってきたからなのか
思っていたよりも(前より)スムーズに弾けるなって思ったのですが
でも、そうじゃなくて、自分では弾けているような感じに聴こえているだけ・・のような気がしました。
この意味ですが、うまく表現できないので私の書き方が悪かったらごめんなさい、
楽譜との向き合い方というのか、私の意識の持って行き方が表れているのか
なんとなく弾けている気がしているまま次を弾いている感じ。
ゆるゆるっと弾いているので、指も心も楽は楽なのですが
ここ数年ピアノと向き合ってきた時の気持ちと違うのです。
30代でもう一度バイエル後半からやり直してブルグミュラーとツェルニーやって
大人のピアノコースでポップス弾いて
子どもたちが習い始めてコンクールに参加するようになって
自分も少しだけクラシックを弾くようになったけど、なかなか進めなくて
そこから仕事が忙しくなってまた間隔があいて、子どもたちが家から巣立って
もう一度ピアノを再開しようと思った時に
子どもたちが使っていた昔の楽譜の先生の書き込みを見ながら取り組み始めましたが
今のように「なんとなく」では進めなくて、楽譜としっかり向き合いながら練習を繰り返していると
当時の先生と子どもたちのやり取りや言葉の意味がわかってきたのです。
本当にうまく書けないけど、1小節、1小節をきちんと弾かないと曲にならないみたいな気持ち・・
でも、今の自分・・ポップスだと何となくのまま弾いているんですね。
それはそれでいいのかもしれないけど、やっぱり、もうそろそろ戻らなきゃ・・
そんな気持ちになった昨日でした。
私が大人になってピアノを再開した時は
ただ単に何でもいいから(簡単な曲の)楽譜を見て弾けるようになりたい、それだけだったけど
5年前からは子供たちが残していった楽譜と向き合いながら当時の子どもたちの気持ちに寄り添いたい。
子どもたちと比べたらずっとずっと下手な私ですが
年に1~2回、息子と娘が帰省した時に聴いてもらいたい・・
ここ数年はそんな気持ちで練習をしています。
長々とまとまりのない文章ですみませんm(__)m
早い話が、クラシックに戻ります。(^^;
(ポップスも弾くけど練習時間は↑こちらに。)
でも、今は仕方がないと思ってはいるけど
あまりにも日にちが経ってしまうと、ただでさえ下手なのに
これ以上間隔があいてしまうともっとヘタになりそうで
おまけに、やっと指が治って、さあこれから徐々に弾いていこうと思ったら
第一関節がかたまって動きが悪くて、いろんなことが重なってピアノが弾けないことが
先週末まで軽いストレスになっていました。
なので、週明けから、また15分でも20分でもいいからピアノに触れなくてはと思って
ピアノのふたを開けて、さあという時にピンポーンで宅配便が。
そして、サインをして5分足らずで戻ってくると
ちょっと、ちょっと、かなり大胆になってきたじゃないですか。

どうして足だけ出すんですか?

それじゃ足だけ引っ込めるニャ。

これでいいニャ?

い・・いや、でもそんなに顔が近づくと気になるじゃないですか。
もうちょっと下がってくれますかね。
それじゃちょっとだけニャ。
でも集中していればボクの顔なんか気にならないはずだニャ。

それはそうだけど、いくら猫でもその視線は気になりますわ・・。

前置きが長くなりました。
指の怪我で約1ヶ月間左の人差し指を固定して曲げられなかったので
第一関節が固まってしまって動きが悪いだけでなく
曲げると違和感と軽い痛みがあったので、しばらくの間は時間のある時に
スローテンポで指の動きが緩やかな曲(ポップス系)を弾いていました。
十数年弾いていなかった曲も少しは指が覚えていたのか
それとも昔と比べて楽譜を読めるようになってきたからなのか
思っていたよりも(前より)スムーズに弾けるなって思ったのですが
でも、そうじゃなくて、自分では弾けているような感じに聴こえているだけ・・のような気がしました。
この意味ですが、うまく表現できないので私の書き方が悪かったらごめんなさい、
楽譜との向き合い方というのか、私の意識の持って行き方が表れているのか
なんとなく弾けている気がしているまま次を弾いている感じ。
ゆるゆるっと弾いているので、指も心も楽は楽なのですが
ここ数年ピアノと向き合ってきた時の気持ちと違うのです。
30代でもう一度バイエル後半からやり直してブルグミュラーとツェルニーやって
大人のピアノコースでポップス弾いて
子どもたちが習い始めてコンクールに参加するようになって
自分も少しだけクラシックを弾くようになったけど、なかなか進めなくて
そこから仕事が忙しくなってまた間隔があいて、子どもたちが家から巣立って
もう一度ピアノを再開しようと思った時に
子どもたちが使っていた昔の楽譜の先生の書き込みを見ながら取り組み始めましたが
今のように「なんとなく」では進めなくて、楽譜としっかり向き合いながら練習を繰り返していると
当時の先生と子どもたちのやり取りや言葉の意味がわかってきたのです。
本当にうまく書けないけど、1小節、1小節をきちんと弾かないと曲にならないみたいな気持ち・・
でも、今の自分・・ポップスだと何となくのまま弾いているんですね。
それはそれでいいのかもしれないけど、やっぱり、もうそろそろ戻らなきゃ・・
そんな気持ちになった昨日でした。
私が大人になってピアノを再開した時は
ただ単に何でもいいから(簡単な曲の)楽譜を見て弾けるようになりたい、それだけだったけど
5年前からは子供たちが残していった楽譜と向き合いながら当時の子どもたちの気持ちに寄り添いたい。
子どもたちと比べたらずっとずっと下手な私ですが
年に1~2回、息子と娘が帰省した時に聴いてもらいたい・・
ここ数年はそんな気持ちで練習をしています。
長々とまとまりのない文章ですみませんm(__)m
早い話が、クラシックに戻ります。(^^;
(ポップスも弾くけど練習時間は↑こちらに。)

